抱月工業の挑戦

 

抱月工業株式会社は、大阪府交野市にて鉄の溶断や加工をしている従業員80名ほどの会社である。工場に行くと一見どこにでもある鉄工所に見える。ところが、社員を大切にしていい組織を作り、他社と差別化した戦略を実行し、成長を実現している。どのようにして組織作りをしたのか。

 

●人が入れ替わる、未来に希望が持てない会社だった

現在の社長は大久保尚容氏であり、二代目になる。入社当時は50kgもある鉄板を人が運ぶような、典型的な3K(きつい、危険、きたない)の職場だった。大久保さんは平社員だった当時、現場で働いた。最大で100kgもある鉄を持ち運んだという。

仕事はきつく、腰痛になる社員が多かった。当然のことながら定着しない。来ては辞め、来ては辞めの繰り返しだった。人が定着しないから技術は向上しない。その結果、生産性は低く、利益が出ない。

人がいないから、何かやりたいことがあってもできない。未来に希望が持てない組織だった。

大久保さんはその時のことを振り返りながら「この経験があるから今がある」という。

 

●社員が安心して働ける環境づくり

大久保さんが社長になってからは、クレーンや最新の機械を導入して社員の負担を軽減した。

給料も引き上げた。家族手当は小学生以下の子ども1人に対して1万円、中学生になると2万円、高校生には3万円を支払う。その後も徐々に引き上げ、今では大卒の新卒初任給が21万円、3年目になると年収100万円ほど上がり、10年ほど勤務すると年収700万円近くになるという。同業他社と比べて明らかに高い水準である。社員は「この会社にいると生活の心配をしなくてもいい」と思える。

社員は生活の不安がなくなると仕事に集中できる。そのためか、顧客が工場見学に来ると「抱月さんの社員は生き生きしていますね」と言われるという。

 

●人が定着すると戦略を打てる

安心して働ける環境ができると、人が定着する。技術が身につき、生産性が上がってきた。大久保さんは、「人が定着すると新しいアイデアが湧く」という。

大久保さんは競合他社を調査した。溶断業者は北大阪にはないこと、さらに大阪市内の溶断業者は溶断しかしておらず、次工程になる加工(穴開け、曲げなど)までしている業者はないことがわかった。そこで、最新の加工機械を導入し、溶断から加工までできる体制を整えた。

すると、様々な仕事の依頼が来るようになった。ユーザーは、今までは溶断業者と打ち合わせをして、次に加工業者と打ち合わせしていたのが、抱月工業なら一度で済む。しかも、溶断業者から加工業者への輸送費がなくなる。納期も短縮できる。品質不良が起きたときに溶断業者と加工業者で責任のなすり合いになることもない。ユーザーにとって便利な会社になった。

このような戦略が成功し、利益率は同業者の2〜3倍あるという。

 

●さらなる好循環へ

利益が出るとさらに人に投資できる。営業利益の25%を決算賞与として社員に配分している。その結果、社員はみんなで利益を出そうとが社内の業務改善を頑張る。現場の社員は生産性を高めるために新しい工具を探したり、様々な改善をするようになった。

大久保さんは社員に指示を出すことはほとんどない。報連相も求めない。社員を信じ、社員に任せている。すると社員は更にがんばる。

今後は更に社員が楽しく働ける組織を目指している。笑顔で楽しく、私服でフランクな組織にしたいという。

 

●働きやすい環境作りから始まる

失敗する会社は利益の拡大から始めようとする。売上を上げろ、コストを下げろという。しかし、利益は様々な取り組みの結果である。

抱月工業が好循環を実現したのは、人の定着に成功したからである。抱月工業の事例が示すように、人が不足する時代では次の流れで取り組むべきであろう。

 

<参考>利益を産むサイクル

1.組織づくり

 ・働きやすい環境、安心して働ける待遇に改善する

 ・人を定着させる

 ・人が育ち組織力を高まる

2.戦略の実行

 ・戦略のアイデアがわく

 ・戦略を実行

3.好循環を回し続ける

 ・収益が向上

 ・人や機械に再投資